2015年8月20日木曜日

日本経済のバブルの影響

春闘の準備と交渉をつうじて労使が経済環境をひろく深く検討し、包括的な配慮をふまえた賃金決定を行い、それが世間相場となって経済全般の賃金と価格改定に影響を及ぼすという春闘賃上げのしくみは、いってみれば合理的な市場の解を主体的に探りあてるプロセスである。したがって春闘を活用することによって、日本経済は強制的な所得政策を導入することなく、市場の条件と整合的な賃金決定を実現する事ができたのである。

いまひとつは、勤労者の所得を全体として底上げするうえで、大きな役割を果したことである。前述したように、高度経済成長時代には、世間相場の影響の強まりをつうじて賃上げ額の分散が小さくなった。つまり、多くの企業の賃上げ額が平準化する傾向が強まったわけだが、このことは当然、賃金格差が全体として縮小してゆくことを意味する。高賃金の企業や産業にくらべて、これまで比較的低賃金であった企業や産業あるいは労働者の賃金がより急速に上昇するという事である。

このプロセスをつうじて、日本の勤労者の所得格差は減少し、より多くの人々が中流の豊かさを手にできるようになった。それは人々の勤労意欲と消費を刺激し、日本経済の発展を支える力強い要因となったのである。このようにして、春闘による賃上げのしくみは高度経済成長の時代に日本全体にひろまり、日本の賃金決定制度の重要な柱として機能したのである。

高度経済成長という背景の下では、春闘方式による賃金の決定は、インフレ回避にも役立ち、人々の全体としての所得の向上に大きく貢献しただけでなく、経済環境や経営状況についての労使の情報共有や学習効果を高めるうえでも大きな効果があった。以上のように、日本の産業社会に特徴的とされる雇用や賃金の制度は、第二次大戦後の高度経済成長時代にすぐれた合理性を発揮することによって普及し、定着したのである。

日本の企業は急速な経済成長の中で発展し、その強みを発揮してきた。企業のしくみも経済の構造もこうした成長を前提として組み立てられ、円滑に機能してきた。そうした日本の企業や経済の特徴をある意味で際立たせたのが一九八〇年代の後半から一九九〇年代初頭にかけて膨れ上った日本経済のバブルの影響であろう。