春闘の準備と交渉をつうじて労使が経済環境をひろく深く検討し、包括的な配慮をふまえた賃金決定を行い、それが世間相場となって経済全般の賃金と価格改定に影響を及ぼすという春闘賃上げのしくみは、いってみれば合理的な市場の解を主体的に探りあてるプロセスである。したがって春闘を活用することによって、日本経済は強制的な所得政策を導入することなく、市場の条件と整合的な賃金決定を実現する事ができたのである。
いまひとつは、勤労者の所得を全体として底上げするうえで、大きな役割を果したことである。前述したように、高度経済成長時代には、世間相場の影響の強まりをつうじて賃上げ額の分散が小さくなった。つまり、多くの企業の賃上げ額が平準化する傾向が強まったわけだが、このことは当然、賃金格差が全体として縮小してゆくことを意味する。高賃金の企業や産業にくらべて、これまで比較的低賃金であった企業や産業あるいは労働者の賃金がより急速に上昇するという事である。
このプロセスをつうじて、日本の勤労者の所得格差は減少し、より多くの人々が中流の豊かさを手にできるようになった。それは人々の勤労意欲と消費を刺激し、日本経済の発展を支える力強い要因となったのである。このようにして、春闘による賃上げのしくみは高度経済成長の時代に日本全体にひろまり、日本の賃金決定制度の重要な柱として機能したのである。
高度経済成長という背景の下では、春闘方式による賃金の決定は、インフレ回避にも役立ち、人々の全体としての所得の向上に大きく貢献しただけでなく、経済環境や経営状況についての労使の情報共有や学習効果を高めるうえでも大きな効果があった。以上のように、日本の産業社会に特徴的とされる雇用や賃金の制度は、第二次大戦後の高度経済成長時代にすぐれた合理性を発揮することによって普及し、定着したのである。
日本の企業は急速な経済成長の中で発展し、その強みを発揮してきた。企業のしくみも経済の構造もこうした成長を前提として組み立てられ、円滑に機能してきた。そうした日本の企業や経済の特徴をある意味で際立たせたのが一九八〇年代の後半から一九九〇年代初頭にかけて膨れ上った日本経済のバブルの影響であろう。
2015年8月20日木曜日
2015年7月16日木曜日
多国籍銀行の破綻
私はその後七七年末に、東銀が出資したロンドン所在の多国籍銀行が破綻に瀕したので、再建屋の一人としてロンドンに赴任した。悪戦苦闘して八二年に帰国すると、時代は変わっていた。いくらでも借り手のある慢性的な資金不足の高度成長時代から、とにかく借り手を探すことが最重要課題という資金過剰の時代へと変わっていた。
その頃になると、多くの銀行は、リレーションシップーマネジメントの考え方を導入し、営業推進をする幹部行員が与信判断もやることで意思決定の迅速化を図り、競争に勝ち抜こうという体制を取り始めていた。より多く貸付ける。これが競争に勝ち抜くための主要な戦略となっていた。
帰国した私か営業推進の戦略を担う営業企画部の副部長になった頃は、東銀でも審査部の地位は大きく低下していた。先で見た米国での優良企業の銀行離れが、我が国でも着実に進行し、大手企業との取引採算が、確実に低下しつつあった。
たとえば、東証一部上場二百二十五社の長期資金中の借入金の比率は、八一年には一三%であったものが九〇年には四%程度に落ち込むというありさまであった。そこで大手銀行は七〇年代末から八〇年代にかけて、中小企業や個人向け融資を重視するようになってきた。しかも、リスクの大きな融資先なのに、融資審査機能を格下げし、業務拡大重視の機構改革を行ったのだった。
これは、多少のリスクには目をつぶって、融資基盤を拡大しようとする姿勢の反映であり、与信審査や信用リスク管理の精緻化に裏付けられた動きではない。事業の成長性、それが生み出すキャッシュフローの予測などよりは、土地をもっているか、メインバンクはいざというときに頼りになりそうか、といった項目のほうが重要視された。
その頃になると、多くの銀行は、リレーションシップーマネジメントの考え方を導入し、営業推進をする幹部行員が与信判断もやることで意思決定の迅速化を図り、競争に勝ち抜こうという体制を取り始めていた。より多く貸付ける。これが競争に勝ち抜くための主要な戦略となっていた。
帰国した私か営業推進の戦略を担う営業企画部の副部長になった頃は、東銀でも審査部の地位は大きく低下していた。先で見た米国での優良企業の銀行離れが、我が国でも着実に進行し、大手企業との取引採算が、確実に低下しつつあった。
たとえば、東証一部上場二百二十五社の長期資金中の借入金の比率は、八一年には一三%であったものが九〇年には四%程度に落ち込むというありさまであった。そこで大手銀行は七〇年代末から八〇年代にかけて、中小企業や個人向け融資を重視するようになってきた。しかも、リスクの大きな融資先なのに、融資審査機能を格下げし、業務拡大重視の機構改革を行ったのだった。
これは、多少のリスクには目をつぶって、融資基盤を拡大しようとする姿勢の反映であり、与信審査や信用リスク管理の精緻化に裏付けられた動きではない。事業の成長性、それが生み出すキャッシュフローの予測などよりは、土地をもっているか、メインバンクはいざというときに頼りになりそうか、といった項目のほうが重要視された。
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