2014年5月23日金曜日

イギリスでの闘い

人間社会の研究において右に述べたような自然科学の方法を、忠実に再現しようとした研究法が、他ならぬ社会科学における実験的方法である。ここでその実例を述べるには、スタンフォード大学での私の経験に帰るのが一番よいように思う。読者も記憶しておられるように、私がスタンフォードで最初に接したのは、「イギリスの闘い」と呼ばれた宣伝映画の実験であった。

あの実験におけるもっとも重要な問題は、新しく入隊した兵士の戦争に関する知識と態度、特に戦争に積極的に参加しようとする彼らの戦意であった。そして実験は宣伝映画がこれらの知識や態度を、変化できるかという形で組み立てられていたのであった。そこでこの実験においては、新兵の戦争に関する態度が従属変数となる。この従属変数に関して「原因」となるべき「独立変数」は、言うまでもなく「イギリスの闘い」と名づけられた宣伝映画そのものであった。

このようにして結果を示す「従属変数」と、「原因」を表わす「独立変数」とを確定すれば、例の因果法則に関する最初の二つの条件を満たすことは比較的容易であろう。すなわちまず、新兵のグループの態度を調査しておいて、それから宣伝映画を見せる。そしてその後しばらくしてから、彼らの態度の変化を測定すればよいわけである。こうすれば倒フィルムという独立変数が、態度の変化という従属変数に先行するという条件を、満足させることができる。それとともに希望する方向に態度の変化が生じれば、フィルムを見せたから、態度の変化が生じたという、独立変数と従属変数の「共変」を確定することができる。

しかしながら問題は、従属、独立の二変数を除いた第三の変数群が、新兵の態度の変化という従属変数に、影響を与えていないという保証を、どうやって得るかということである。これらの第三の変数群として考えられるのは、これらの新兵たちの教育水準、出身地、政党支持というような政治的態度、職業、知能、さらには年齢の違いなどであろう。アメリカの場合には当然白人か黒人などの人種の問題も考慮に入れなければならない。さらに兵士でない一般人であったなら、男女の別も考慮しなければなるまい。

さらにこの実験における被験者たちは兵営で訓練を受けていた新兵であった。そこで当然、兵営における環境、訓練の効果も問題になったろう。相手がドイツ、イタリア、日本であることも問題にしなければならない。従って兵営の外部で生じた大きな出来事も考慮に入れなければならなかったろう。たとえばドイツの潜水艦が、アメリカの商船を撃沈したとか、大きな戦闘の勝敗も当然、新兵の戦争に対する態度に、大きな変化を与えたはずである。それでは従属変数に影響を与える可能性のある、これらの種々の要因を、実験的方法はどのような手段を使って、統制するのだろうか。

2014年5月3日土曜日

巨額な経常収支不均衡をファイナンスする

ユーロ市場は表にみるように急速な拡大を続けている。市場規模を総資産残高でみると、七三年末の約三二四〇億ドルに対し、八〇年末には一・三兆ドル、九〇年末には五・九兆ドル、九三年九月末には六・四兆ドルに達している。七三年からみれば、二〇年間でちょうど二〇倍の規模に膨張したわけである。

ユーロ市場が急成長をみている背景には、主要地域間において巨大で、かつ持続的な経常収支不均衡が存在していることが大きい。図は主要地域の経常収支不均衡を米国の名目GDPに対する比率で示したものである。これによると、七〇年代における不均衡は主に産油国と非産油国の間におけるものであったことがわかる。また、これは七三年秋から七四年にかけての第一次石油危機と、七八年のイラン革命を契機とする第二次石油危機が主たる原因となったことは明白である。

七三年から八一年の期間をとると、経常収支の累積額は産油国が四二〇〇億ドルもの巨額の黒字となった一方、非産油途上国は約四〇〇〇億ドルもの赤字を計上した。当時とすれば空前の不均衡であっだのにいうまでもないが、この二地域間における大幅な経常収支不均衡は、産油国がユーロ市場に余剰資金の過半を放出し、それをユーロ銀行が非産油途上国に貸し出すことによってファイナンスされた。

八〇年代に入ると、主要地域間の経常収支不均衡は大きく性格を変えることになった。二度に及んだ石油危機が一巡し、産油国の経常収支黒字が急減するなかで、八二年夏のメキシコを契機とした累積債務危機は、非産油途上国へのユーロ市場経由の資金フローを途絶させた。そして、この資金フローの停止は、非産油途上国での激しい景気後退を通じて、経常収支不均衡を強制的に是正させた。

だが、八〇年代に入ると、レーガン革命とでもいうべき米国の経済再生策を反映して、先進国間、とくに米・日・独間での経常収支不均衡が未曾有のスケールとなった。八一年から九三年の期間をとると、経常収支の累積額は米国では約一・一兆ドルの赤字であるのに対し、日本約〇・八兆ドル、ドイツ〇・二兆ドルの黒字を記録している。八〇年代の主要国間における経常収支不均衡は、七〇年代とは比較にならないほどに巨額なものとなったのである。当然、この巨額な経常収支不均衡をファイナンスするため、ユーロ市場は一段と膨張することになった。